ふむ。はじめてしまってから、ブログってどんな文体で書くべきものなのだろうか、と考えてしまった。まあ、そんなのみんなの自由なのだろうけれど。
先日の「週間文春」紙上でシーナさんが「日記文体の研究」なるものをされていた。曰く、『「進行形」が多い』とのこと。個人的には、「そうかなあ」とも思え、過去形のものも多いように思ったのだが、なかなかに面白い研究であった。どうやら「進行形」で書くと不安になるようなのだ。そしてさらに嘘を書いてしまう傾向があるようだ。筆の勢いか、どんどん書いてしまい、どんどん「突入」してしまい、挙句、読者が「嘘なんだろ〜」と思うに違いないと思うに至り、不安になるようだ。
私の悩みどころとしては、「進行形か、過去形か」ということではなく、「ですます調か、である調か」であるのだであるのです。ですます調で書くと、なんだか可愛い感じを演出しているような気がする。である調にすると、たいしたことを書いていないのに、でっかいことを書いているような錯覚に陥る。考えすぎだろうか。そもそも、この年にしては喪失する記憶が多すぎるからはじめたことなのだから、自分にさえ分かればいい文体でよいはずなのだ。自意識過剰だ。過剰だ。誰も読んでなんかないさ。被害妄想か。妄想だ。
…テキトウにやろっと。
先日の「週間文春」紙上でシーナさんが「日記文体の研究」なるものをされていた。曰く、『「進行形」が多い』とのこと。個人的には、「そうかなあ」とも思え、過去形のものも多いように思ったのだが、なかなかに面白い研究であった。どうやら「進行形」で書くと不安になるようなのだ。そしてさらに嘘を書いてしまう傾向があるようだ。筆の勢いか、どんどん書いてしまい、どんどん「突入」してしまい、挙句、読者が「嘘なんだろ〜」と思うに違いないと思うに至り、不安になるようだ。
私の悩みどころとしては、「進行形か、過去形か」ということではなく、「ですます調か、である調か」であるのだであるのです。ですます調で書くと、なんだか可愛い感じを演出しているような気がする。である調にすると、たいしたことを書いていないのに、でっかいことを書いているような錯覚に陥る。考えすぎだろうか。そもそも、この年にしては喪失する記憶が多すぎるからはじめたことなのだから、自分にさえ分かればいい文体でよいはずなのだ。自意識過剰だ。過剰だ。誰も読んでなんかないさ。被害妄想か。妄想だ。
…テキトウにやろっと。
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