ワスレルカラカク

どんどん忘れてしまう日々のあれこれを綴ってみようというあやふやな試みです。

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「生きてるだけで、愛。」

生きてるだけで、愛生きてるだけで、愛
(2006/07/28)
本谷 有希子

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早速の本谷作品です。今度は不眠ではなく過眠の主人公。
amazonで購入ですが、帯文を見ると、きっと書店で見ても手を伸ばしたかも、と思えます。

ねえ、
あたしって
なんでこんな
生きてるだけで
疲れるのかなあ?

過眠、
メンヘル、
二十五歳。



いいな津奈木。
あたしと別れられて、
いいなあ。

(いずれも帯文より)



主人公が感じていることのいろいろに、ものすごく共感するし、私もかねてから同じことを思っていたよ、ということも頻発。ウォシュレットへの恐怖など、まさに同感。にもかかわらず、私は毎日会社に行けている。なぜだろう。その境界線が曖昧であやふやで、不安になる。今年の仕事始めのその日に、私は起床できるのだろうか。

とはいえ、昨年後半の私は、その逆をだったかもしれない。いや、一回転して、同じことなのか。

朝起きてから会社の自席にに着席する9時56分までの行動が全て均一になっていて、めざましテレビのどのコーナーで歯を磨き始めるか、とか、家を出る時刻とか、もちろん乗車する電車もドアも全く同じで。そのように日々を繰り返している人々は多数いるのだと思うけれど、私のように、その間の記憶が残らないという人も多数いるのだろうか。もともとは、遅刻しないために逆算して意識的に行っていた所作の組み立てが、いつのまにか無意識の中にある。その日の朝の電車の中の記憶を掘り起こそうとしても、自分が電車に乗った記憶が無い。夢のようなのだが、事実、自分は会社の自席に座っている。恐ろしくなる。でも一方では楽ちんだな、とも思う。山手線の車両の中で、問うてみたい。皆さんは、改札を通過したときの記憶がはっきりと残っているのですか?と。



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2010年12月03日(Fri) 15:16


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