ワスレルカラカク

どんどん忘れてしまう日々のあれこれを綴ってみようというあやふやな試みです。

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となりのおじさん

夕刻の山手線外回り。一日の義務を終え、よれよれ気味の人々で混雑している。
新宿でかなりの数の人が吐き出される。その波に飲まれないように、上手に人波を交わして逆流する私の技術が日増しに上達している。たいてい空席にありつくことができる。今日も同じようにして重い体をシートに預けた。再び、新宿からのよれよれ人を飲み込み、車内はそれまで以上に混雑した。幾重にも人間の層。見上げてうとうと。

どこからか香ばしい醤油の香り。

ぽりぽり、ぽり。

眼を開ける。それは私の右隣に座る人物が発している。彼は、煎餅を食べている、間違いない。あまりに近すぎて顔を動かして見ることができない。首を固定、眼球だけを動かし観察。
サラリーマン。書類鞄を開けたまま膝の上に倒して載せている。鞄の中に煎餅の袋が仕込まれている。カサカサと硬いビニール袋の音。醤油の香りのするそれを取り出すと口元に運ぶ。全てを口に入れられるほどには小さくないのか、数回に分割され、それは口に入れられた。彼は腕を組む。軽快に乾いた音をさせ、そのリズムは愉快で規則正しい。腕組みしているその人の表情を見たいが無理。まっすぐ前を見ているのか、眼を閉じて陶酔しているのか。やがて音が止むと、彼は再び鞄から煎餅を取り出し、同じように腕組みして味わった。駅に停車しようとも、目の前に立つ女子高生に睨まれようとも、彼は繰り返した。

ぽりぽり、ぽり。

ごくり。
我慢出来ず、私は唾を飲み込んだ。
他人が煎餅を食べる音というのは、どうしてあれほどに、美味しそうなのだろう。自分が立てる音はあんなに魅惑的ではない。そして、今まさにそこで焼いているかのような、香ばしい醤油の香り。晩御飯目指して帰路につく車中の人々も、きっと私と同じ想いを抱いている、「コンビニでお煎餅を買って帰ろうかしら」。

電車の中でものを食べる人を最近あまり見かけなくなった。もちろん、ボックスシートでは、今でも頻繁に見られる風景に違いないが。それでも、たまに、デパ地下で買ったのであろうお惣菜の匂いや、テイクアウトしたマックのポテトの匂いがすることはある。しかし、これほどまでに堂々と、山手線でお煎餅を食べる人を、私は初めて目撃した。空腹に耐えられないのだとしたら、下車すれば駅でなんでも食べられる時代だ。カレーや蕎麦、なんでもある。従って、彼は空腹に耐えられないのではない。煎餅好きなだけだとしても、四六時中食べ続けるわけにはいかないし、家に帰ってからお茶を淹れてゆっくり楽しむほうがいいはずだ。外国から帰国したばかりで、ずっと食べられなかった煎餅をどうしてもすぐに食べたかった、というにしては、荷物が通勤そのもの。

私の結論。

彼は、たった今、新しい入歯を装着したばかり、或いは、歯の治療が終わったばかりなのだ。
きっと。

私とともに降車した彼に、何か声を掛けたかった。しかし、彼の淡々とした表情からは、煎餅が食べられることへの歓喜を感じられなかった。

いったい、なんだったのだろう。
私が醤油味の煎餅を買って帰ったことは、言うまでもない。

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