ワスレルカラカク

どんどん忘れてしまう日々のあれこれを綴ってみようというあやふやな試みです。

「ホテル・ニューハンプシャー」

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉ホテル・ニューハンプシャー〈上〉
(1989/10)
中野 圭二、ジョン アーヴィング 他

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ホテル・ニューハンプシャー〈下〉ホテル・ニューハンプシャー〈下〉
(1989/10)
中野 圭二、ジョン アーヴィング 他

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ともかく、盛りだくさんです。すごいです。家族の物語なのですが、激動の時代だからというだけではなく、いろんなことがこの家族には起こるのです。レイプ、同性愛、近親相姦、飛行機事故、ナチスの影があり、売春婦も出てくるし、アメリカンドリームあり、自殺あり・・・。

「開いた窓の前では立ち止まるな」

「R. P. G.」

R.P.G. (集英社文庫)R.P.G. (集英社文庫)
(2001/08)
宮部 みゆき

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いやはや、やっぱりうまいです。うまい。
2001年の時点で、ネット上のものを扱ってここまで書けるって、結構勉強してないと難しくないですか?あれ?2001年って、どんなだったっけ?掲示板とかあったっけ??

「グラス・キャニオン」

グラス・キャニオン〈上〉 (扶桑社ミステリー)

グラス・キャニオン〈下〉 (扶桑社ミステリー)


B03 地球の歩き方 ロスアンゼルス 2008~2009 (地球の歩き方 B 3)B03 地球の歩き方 ロスアンゼルス 2008~2009 (地球の歩き方 B 3)
(2008/04/05)
地球の歩き方編集室

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今春、ロサンゼルスに行った。大好きなアレックスシリーズの舞台だ。UCLAはこのあたりだ!とハイウェイから眺めたときには感無量。連れの誰とも共有できない感動だ。向こうの高台がアレックスの自宅だ。マイロのロサンゼルス市警も見た。

帰国後、アレックスシリーズの未読分を読み漁ると、東京が舞台の小説と同じとはいかないにせよ、以前と比べたら格段にイメージがつかめる。距離感が分かる。ダウンタウンの薄汚いロフトも、ハンコックパークのお屋敷も。細かなストリートは手元に残っていた「地球の歩き方」を参照した。新たな楽しみ方を見つけた。

あまり気が進まない旅であったが、思わぬ収穫があったのだ。

「化けの皮」

化けの皮化けの皮
(2008/02/18)
にしおかすみこ

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にしおかすみこ。ロンブーの番組で泣き出したときから、ずっと気になっていました。「本当はMなんです」「みなさんのおかげなんです」などと泣きじゃくる彼女をみて、30歳を過ぎ、お笑いとしてようやく世に出つつある彼女がどれだけ苦労してきたことか!と、その生き様と人柄に興味を覚えていました。気づけば、東京マラソンを完走していたり、女王様キャラのほかにも活躍の幅を広げ、さらに気になる存在に。年増お笑い女芸人という同じ土俵にありながら、青木さやかとは違って、なんだか好きになってしまっていました。そんな彼女のエッセイとなれば、読まないわけにはまいりません。

テリ−伊藤の帯文のとおり「コイツ案外かわいいやつだなー」でした。
くすりと笑わせる逸話や、きっと誰もが母親に抱くイタイ感、恋愛話も無くはなく。
声を出して笑わされる箇所、くすりとさせられる箇所、そしてなんと泣かされました、にしおかすみこに。それってどうなのよ、ワタシ。

特に文章が上手であるということもなく、素朴な文体に好感がもてます。目の付け所がなかなかよろしく、酒井順子好き30代女子なぞには、なかなか受け入れやすいのではなかろうかと思われました。

なかなかのもんでありました。


「生きてるだけで、愛。」

生きてるだけで、愛生きてるだけで、愛
(2006/07/28)
本谷 有希子

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早速の本谷作品です。今度は不眠ではなく過眠の主人公。
amazonで購入ですが、帯文を見ると、きっと書店で見ても手を伸ばしたかも、と思えます。

ねえ、
あたしって
なんでこんな
生きてるだけで
疲れるのかなあ?

過眠、
メンヘル、
二十五歳。



いいな津奈木。
あたしと別れられて、
いいなあ。

(いずれも帯文より)



主人公が感じていることのいろいろに、ものすごく共感するし、私もかねてから同じことを思っていたよ、ということも頻発。ウォシュレットへの恐怖など、まさに同感。にもかかわらず、私は毎日会社に行けている。なぜだろう。その境界線が曖昧であやふやで、不安になる。今年の仕事始めのその日に、私は起床できるのだろうか。

とはいえ、昨年後半の私は、その逆をだったかもしれない。いや、一回転して、同じことなのか。

朝起きてから会社の自席にに着席する9時56分までの行動が全て均一になっていて、めざましテレビのどのコーナーで歯を磨き始めるか、とか、家を出る時刻とか、もちろん乗車する電車もドアも全く同じで。そのように日々を繰り返している人々は多数いるのだと思うけれど、私のように、その間の記憶が残らないという人も多数いるのだろうか。もともとは、遅刻しないために逆算して意識的に行っていた所作の組み立てが、いつのまにか無意識の中にある。その日の朝の電車の中の記憶を掘り起こそうとしても、自分が電車に乗った記憶が無い。夢のようなのだが、事実、自分は会社の自席に座っている。恐ろしくなる。でも一方では楽ちんだな、とも思う。山手線の車両の中で、問うてみたい。皆さんは、改札を通過したときの記憶がはっきりと残っているのですか?と。